この記事を読んでいる方は、おそらく現在、営んでいる事業をどうやって後継者に引き継ごうか悩んでいる中小企業の経営者の方ではないでしょうか。あるいは近い将来、事業承継の問題に向き合わなければならない方かもしれません。
ところで、今回ご紹介する経営承継円滑化法という法律をご存知でしょうか?正式名称は「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」と呼ばれています。この法律は、経営権を次世代(後継者)に引き継ぐ際に、税金面や金融面で一定の優遇措定を設けることで、中小企業経営者やその後継者に過大な負担がかからないようにし、事業承継がスムーズに行くようにしよう、というものです。
今回は、この経営承継円滑化法について、制定された背景やその目的、具体的な内容、利用するための手続きについて解説していきます。
目次
1、経営承継円滑化法とは?
平成20年5月、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」いわゆる、経営承継円滑化法が成立しました。この法律は事業承継に伴う様々な税負担を軽減することや、民法上の遺留分の修正など、事業承継をスムーズにするための様々な支援策を講じています。
事業承継は中小企業にとって、ひいては日本経済の将来にとって極めて重要な課題です。
引退や自身が亡くなった場合の対応、今後、事業を継続していくかなど、経営者は様々な事情を抱えています。中でも、いかにスムーズに事業承継を成功させるかは経営者が最も頭を悩ませるところではないでしょうか。
そこで役に立つのが経営承継円滑化法です。経営承継円滑化法を活用することで事業承継をスムーズに行うことができます。
2、経営承継円滑化法が制定された背景
近年においては中小企業の事業承継について以前とは異なる事象が起こっています。これまでは親である経営者が引退すると、その子供が後継者として事業承継するといった流れが一般的でした。しかし、最近では事業承継にも以前とは異なる様々な形態が起き始めています。
昨今では子供が会社を引き継ぐのは、むしろレアケースとなっています。その結果、後継者がいないという状況に陥ってしまうケースが多くあります。
また事業承継それ自体が行われず、経営者の引退によって、そのまま廃業してしまうケースも少なくありません。黒字経営にも関わらず廃業する事態になっています。
しかし、中小企業の廃業はその会社に蓄積された高い技術力や地域の雇用機会などが失われてしまいかねません。これは日本経済にとっては多大な損失です。これを防ぐため、国や自治体が事業承継を支援する措置を講じる必要が出てきているのです。
一方で事業承継の方法自体にも変化が起きています。
最近では経営者が自分の子供に対して会社を引き継がせるだけではなく、会社の従業員や外部から有識者を招き入れることもあります。また、会社自体を売りに出し他の会社に引き継がせるという形で事業承継をするケースが増えています。
このように、昨今の事業承継は様々な方法があり、会社の状況に応じて、それぞれ個々に対応しなければならないものとなっています。
なお、事業承継の現状について知りたい方は下記事業承継の記事を参照にしてみてください。
3、経営承継円滑化法の目的
経営承継円滑化法は、中小企業の事業承継を支援することを目的とした法律です。
経営承継円滑化法は平成20年から施行されており、多くの経営者が自らの会社の事業承継を実行する際に生じる様々な負担を軽減するために、この法律を活用しています。
そもそも、事業承継は短期的にできるものではなく、長期的な観点で対処しなければならないものです。後継者の選定、育成はもちろん、相続の準備や税制、様々な手続きなど多くのことを行わなければなりません。
特に税金面については経営者に多大な負担を強いることでしょう。
事業承継の場合、会社の経営権を引き継がせるために、全てのあるいは一定数以上の株式を後継者に取得させなければなりません。しかし、経営権を得られるだけの株式は、株数も多くなり、また、価格も多額となります。
それだけ大きなお金が動くのですから、当然、課税される税金もその分多額となります。このことは、経営者や後継者にかかる負担が相当なものとなることを示しています。そこで役に立つのが経営承継円滑化法です。
経営承継円滑化法は経営者が事業承継を行う際の金銭的な負担を軽減することや、相続や贈与という形で事業承継を行う際に後継者に経営権をスムーズに承継できるようにするための施策を講じています。
さらには後継者が会社を引き継いだ後の支援や親族以外に承継することを可能にするための支援など、中小企業の事業承継を以前よりも行いやすくするための様々な施策が講じられています。
この経営承継円滑化法を活用することで、中小企業の事業承継を円滑に行うことができるでしょう。
また、経営承継円滑化法は度々、改正を行い、中小企業のサポートができるような仕様に順次変化しており、多種多様な事業承継の方法により柔軟に対応できるようになっています。
おそらく、今後も経営承継円滑化法が随時、改正され、より良いものとなる可能性は高いため、今後も、中小企業を取り巻く関係者間において、経営承継円滑化法は注目していくべき法律だといえるでしょう。
4、経営承継円滑化法と3つの柱
経営承継円滑化法には
- (1)事業承継税制
- (2)民法の特例
- (3)金融支援
の3つの柱があり、それぞれが事業承継をサポートする仕組みになっています。
いずれも中小企業が事業承継を行う際に役立つものであり、事業承継前の検討段階から承継後のフォローまでの様々な場面で活用することができます。
ここでは3つの主軸それぞれについて詳しくお解説していきます。
(1)事業承継税制
事業承継税制を利用することで、主に事業承継の際に伴う相続税や贈与税の負担を軽減させることができます。
通常、事業承継において、後継者が経営権を保持するために、必要な株式を取得する必要があります。従って、必要な株式をいかに後継者に取得させるかが重要となります。
後継者に株式を取得させるには、主に相続、贈与、譲渡の3つの手法で行われます。
ここで、経営権を保持できるだけの株式を取得させるとなると、多額のお金を用意しなければなりません。
事業承継する際の税金については下記記事を参照にしてみてください。
株式譲渡により後継者が直接、必要な株式を取得する場合は、かなりの資金がない限り、取得は困難なものとなります。また、相続や贈与で取得させる場合でも相続税や贈与税は相当な金額が予想されるため後継者の負担が大きくなってしまいます。
そこで役立つのが事業承継税制です。
事業承継税制では事業承継で株式を取得した際、そこで発生する相続税・贈与税は全額が納税猶予を受けることができます。このことで実質的に相続税・贈与税の負担はなくなることになります。この全額納税猶予は平成30年度の改正によって制定されたものであり、事業承継税制の最大のメリットと言えるでしょう。
さらに、平成30年度の改正で1人の経営者から1人の後継者が対象だったものから、最大3人の後継者が対象となりました。これにより親族以外の人への承継も可能となりました。
しかし、事業承継税制は無条件に適用できるわけではなく、各都道府県知事の認定を受けた中小企業でなければなりません。さらに、経営に関する様々な条件を遵守する必要がありました。ただし、平成30年度の改正によって、この条件も緩和されました。
以前は事業承継税制の支援の条件の一つとして、5年間に渡り、8割以上の雇用維持が必要条件とされていました。中小企業にとって非常に厳しい条件です。もしそれが実現できなかった場合は納税猶予が即刻解除されてしまうことになります。この条件のために、中小企業はなかなかこの制度を利用することができませんでした。
しかし平成30年度の改正でその条件が緩和され、8割以上の雇用維持が出来なかった場合であっても、納税猶予を継続することができるようになりました。
ただし、雇用維持ができなかった理由の報告が必要になります。さらに、その原因が経営悪化などの場合は認定支援機関の指導を受けることが条件に加えられています。
以前のような納税猶予の即刻解除となっていた改正前と比べるとかなり緩和されたと言えます。このように事業承継税制は中小企業にとって利用しやすい制度となっていますので、事業承継の際、かなり有効な制度と言えるでしょう。
(2)民法の特例
経営承継円滑化法においては民法の特例の適用を2つ受けることができます。その2つは「生前贈与株式等を遺留分の対象から除外」、「生前贈与株式等の評価額をあらかじめ固定」というものです。
これは事業承継への遺留分の影響を排除する目的で制定された措置となります。
もし経営者が亡くなった場合、何も対策を講じていなければ、親族が株式を相続することになります。ここで難しいのは、経営者が特定の相続人に株式を含めた財産を引き継がせたいと考えても、経営者自身がコントロールできないことになります。なぜなら相続というものは相続人1人だけに財産を引き継がせるだけでなく、他の相続人にも受け継ぐ権利があるからです。
そのため遺産分割協議において相続人に取得させたい株式数が集まらず、一部、別の相続人に株式が引き継がれることが考えられます。
もちろん、経営者が遺言書で財産の配分を指定しておくことはできますが、それでも別の相続人が遺留分を侵害されていると考えた場合、遺留分減殺請求を行うことができます。結局のところ、経営者が考えているとおりの遺産分割ができなくなってしまいます。
この事態は中小企業にとっては事業承継を成功させる上で、避けたい事態だと言えるでしょう。必要株式数は経営権を司るものであり、株式の保有比率が高いほど経営権が確立し、事業活動が安定するものです。
特に中小企業のような規模の会社の場合、経営者は株式を100%保有していることが理想であり、事業承継でも後継者に100%の株式を引き継がせるようにするのが通常です。
しかし、相続によって株式が数人に分散し、別の相続人が引き継ぐようなことになれば、経営に介入できる別の人物が存在することになり、経営の安定が阻害されることになります。
特に、経営者や後継者にとって不都合な人物に株式が渡るようなこととなった場合、事業承継自体が成立しなくなる可能性もでてきます。
民法の特例である「生前贈与株式等を遺留分の対象から除外」、「生前贈与株式等の評価額をあらかじめ固定」の2つの特例は、このような事態を避けるためにたいへん有効な制度と言えます。
この2つの特例は、あらかじめ株式を遺留分対象から除外することとし、これにより、後継者の株式承継を阻害されないようにすることができます。また、株式が複数人に分散されることを防ぐことにもつながります。
ただし、民法の特例を適用するためには遺留分権利者(推定相続人)全員の合意を得る必要があります。この合意が得られない場合は民法の特例は使えません。
(3)金融支援
経営承継円滑化法の主軸最後の1つは金融支援です。
この金融支援は経営者が亡くなった場合、後継者が会社を引き継ぐ際に必要な資金を支援する制度です。
経営者の突然の死亡によって後継者および会社に金銭的な負担がかかることはよくあります。例えば、相続税の納付や、他の相続人に株式が引き継がれた場合にその株式を買い戻すことが必要な場合もあります。
金融支援はこのようなケースが発生した場合に企業を支援することを目的としており、中小企業信用保険法や株式会社日本政策金融公庫法、沖縄振興開発金融公庫法に特例を制定しています。昨今の事業承継の多様化により、金融支援も様々な形態の事業承継に対応できるようになりました。
5、経営承継円滑化法以外の事業承継支援
経営承継円滑化法以外にも事業承継の支援があります。
経営承継円滑化法は事業承継の際に生じる様々な問題に対処できるよう、経営者や後継者を資金面や税金面でサポートし、会社の継続を可能とするためのものでした。他にも事業承継ファンドや、事業引継ぎ支援センターなど、事業承継のために設立された施設も中小企業の事業承継に役立ち、「後継者不在」という状況を避けることができます。
中小企業の事業承継は国や自治体が支援しなければならないものであり、また現状、事業承継はそれ自体が様々な手法で行われていることに伴い、事業承継の支援自体も益々多様化しています。
また、経営承継円滑法と同様、時代や社会の変化に応じて支援する内容や制度も随時改正されているため、今後の情勢の変化や事業承継の新しい形の登場にも合わせて、さらなる改正がされる可能性は充分にあります。
中小企業の事業承継問題は簡単に解決できるものではなく、少子高齢化が今後も深刻化していく中で、事業承継が困難になる中小企業は今後も増え続けていくことでしょう。
このような状況の中、経営承継円滑化法の改正や、新しい支援策が引き続き講じられることになることは間違いありません。また、M&Aを事業承継の一つの手法として検討されている会社も増えています。M&Aについて詳しく知りたい方は下記M&Aの記事を参照にしてみてください。
6、適用を受けるための申請手続きは?
適用を受けるために申請手続きは非常に手間のかかる作業と言わざるを得ません。まず特別税制と民法特例では申請窓口が異なります。また、特別税制の申請だけでも提出書類が20種類以上にもなります。
さらに、東京の場合、関東経済産業局が窓口となり、申請マニュアルを見て完璧な書類を準備するのはかなり手間のかかる作業が予想されます。 当局の担当者と連絡を取りつつ、必要に応じて修正を行い、必要な書類を整備していくことになるでしょう。
申請手続きについては、事業承継の、特に経営承継円滑化法の専門家に依頼するのが合理的と言えます。
お問合せフォーム
まとめ
今回の記事をまとめると以下のようになります。
- 事業承継に際して様々な問題を抱えている経営者は多い
- 経営承継円滑化法には事業承継税制、民法の特例、金融支援の3つの柱がある
- 事業承継税制は相続税、贈与税の100%納税猶予が可能
- 民法の特例は遺留分から株式を除外できるなど様々な特例がある
- 経営承継円滑化法は事業承継に際して資金的な援助、いわゆる金融支援を行う制度がある
経営承継円滑化法は事業承継を行う経営者にとって嬉しい支援制度であり、ぜひとも活用しておきたいところです。この法律の適用を受けることで経営者や後継者だけでなく、会社自体の負担を大きく減らせるようになるでしょう。
ただ、経営承継円滑化法は所定の条件を満たすことが必要であり、必要な手続きをしておかなければならないものがあります。
また適用を受けるために審査もあるため注意が必要です。経営承継円滑化法の支援を受ける際は、その条件や手続き面について多くの情報を事前に入手しておくようにしましょう。
Copyright © M&A INFO All rights reserved.